1年はじまり

  • 2018.02.01 Thursday
  • 08:30

県老施協 栄養調理研究部会長  伊藤亜希子(特別養護老人ホーム春日園)

 

2月3日は節分です。

節分は字の通り季節の分け目という事で、本来は1年に4回ある事になります。(春夏秋冬)

一般に広まっているのが、季節が始まる立春2月3日頃とされています。

 

豆まき

小さい頃より鬼のお面をかぶったお父さんに豆をぶつけてきました。

さて?

なぜ鬼?

なぜ豆?

考えてみれば当たり前に行ってきた風習ですが、、、謎が多い・・・

鬼は悪しき物の象徴であり、季節の分け目には鬼門(鬼の通り道)より邪気が入り込むとされていた。

豆は“魔目=魔の目”に豆を投げつけ“魔滅=魔を滅する”という、、、ダジャレの様な理由と知り苦笑。

年の数だけ豆を食べると1年病気にならずに健康でいられる。

子供の頃はおじいちゃん、おばあちゃんに数を数えて渡していたものです。

70、71、72、73…はい。おじちゃんとおばちゃんの分。

今思えば、祖父母は苦虫を潰した様な表情を浮かべ、かろうじて口角だけを上げて見せていた。

高齢者に70粒超えはしんどい・・・子供ながらに天使の微笑みで拷問の様な仕打ちをしていたのかと、、、胸が痛むと共にノスタルジックな気持ちとで、複雑な思いがよぎった。

 

恵方巻き

家族総出でその年の恵方を向いて願い事を思い浮かべ無言で太巻きを丸かじり・・・

これもまた何ともシュールな風習です。

恵方?

なぜ無言?

なぜ太巻き丸かじり?

恵方とは福徳を司る歳徳神(としとくじん)が居る方角・・・

2018年の恵方は南南東・・・意外と細かな位置情報である。

その神のいる方へ向かい

願い事を心に唱えつつ、福を巻き込む太巻きを、運を切らない丸かぶり!!

中々な太さの巻き寿司に苦戦し食べる事に夢中になると願い事は疎かになり、、、

願い事の復唱にかまけていると太巻きを詰まらせる、、、

福の神への依頼は困難を極める。

 

 

とにもかくにも・・・

節分の起源は諸説あるが、古くは室町時代からとされている。

邪気の到来を知り魔を滅する豆まきで、家内安全・無病息災を祈り。

神の方角へ願いと共に食べる太巻きで、千福万来・商売繁盛を祈る。

いつの時代も家族の健康と繁栄を願い、1年の無事を祈る。

日本人は言葉と行動に意味を持ち、その意味を重んじる。

行動には意味があり、古来より続いている習わしは伝統であり独特の和を生む。

風習の中に潜む由来や意図を知り、日本人の和の風習にあらためて目を向けてみると大切な事が織り込まれている事に気付く。

 

鬼の角とパンツ

余談ではあるが、、、鬼のパンツはいいパンツ〜♪ 強いぞ〜♪

こんな歌を幼少期に歌った記憶がある。

そのパンツ、、、なぜ寅柄??

いまでこそトラ柄ヒョウ柄はお洒落アイテムとして定評があるが、流行の先取りにしては早過ぎる・・

角を生やし寅柄のパンツを履く・・・強さの象徴でも無さそうなこの風貌にはちゃんと意味があった。
 

それは“鬼門”

鬼の出入りする所とされる方角は 北東

北東は十二支にあてはめると“丑”“寅”(うしとら)の方角となる

丑・・・うし?

寅・・・とら?

という事で、“うし”の角を持ち、“とら”のパンツを履いているのが鬼スタイルとなったそうな。。。

 

そんなこんなで、節分に関する予備知識を得た所で、

 

1年のはじまりを・・・声高らかに“鬼は外”“福は内”

 

古き良き時代へ思いを馳せ、この風習を今年も行い、1年のスタートとしていきましょう。

 

『自分をみつめる時間』

  • 2018.01.01 Monday
  • 08:30

     介護研究部会長 佐山みどり(特別養護老人ホーム 大泉園)

 

  日々のお仕事で誰もがストレスを抱えている時代ですが

皆さんは自分自身に癒される時間を作っていますか?

ストレスはなくなるものではないため、静かな時間・空間の中で

いかに自分らしく出来るように続けていけるかを考え、見つめ直す

ことが大切だと思うのです。

  私は年2回程度ですが京都へ心の洗濯と題して出かけて

います。大人の修学旅行です(笑)

もちろん京都の響きに憧れ、美味しいものを食べて

お買い物をすることは楽しい旅行です。季節によっても

風景は変わり、街全体の色も違うのです。

春は桜に合わせて行くお寺、夏は新緑のまぶしいお寺、

秋は紅葉のきれいなお寺・・と計画を立てまわっています。

京都へ足を運ぶことで自分の心が穏やかになっていること

に気づいたのです。

  静かな境内、木々の香り、お香の匂い、風の気持ちよさ

その中に自分の身を置いてみて下さい。自然と心が落ち

付き、今の自分を振り返り反省し、これからのことを冷静に

考えることが出来ると思うのです。

 これは私の個人的な思いであるので全員の方にあてはまる

ものではありません。京都へ行かなくても、地元のお寺や山でも

落ち着ける場所はあるものです。

 人は忙しいという理由で自分を見つめなおす時間を取る

ことを忘れているような気がします。どんな機会でも時間

でもいいので、自分を見つめなおす時間を作ってみて下さい。

自然の中に身を置くことが可能ならお出かけをしてゆっくり

とした時間を過ごして下さい。

きっと素敵な自分を探すことができますから(^^

『コラムって…』

  • 2017.12.01 Friday
  • 08:30

                   県老施協 生活相談員研究部会長 中嶋 高志(特別養護老人ホームかまくら)

 

 「じゃあ、中嶋君に相談員研究部会の部会長をお願いしないとね。」と、この春の上司の異動により、急遽引き受けることとなった生活相談員研究部会長の役。

 日頃、施設内での入居者様やご家族様との関わりとは異なり、同業の諸先輩方と共に活動をする機会は、なんとも言い難い緊張感と沢山の刺激になりました。

 そして今回の「コラム」執筆の依頼。30余年の人生で初めてのコラム執筆を経験することとなり、どういったテーマで書こうかと頭を悩ませておりました。仕事の事や、趣味の事など、なかなか書き始められずにいるうちに、そもそも「コラム」とは一体どういった文章となるのか…という疑問に辿り着き、早速調べてみました。

 「コラム」とは、一般的には一定の枠により囲まれた短い評論文。本来「縦列」または新聞・雑誌の「欄」を意味します。ラテン語では「カラム」といい、円柱を指します。日本の縦書きの新聞には横長の余白ができるように、横書きの英字新聞には、縦の余白ができるため、その様が「円柱」に似ていることから、縦に空いた余白スペースを有効的に使って書かれる記事を「コラム」と呼ぶようになったそうです。

 限られた文字数内での文章のため、内容を簡潔に分かりやすく整理し、書き手の思いや考察も盛り込んでいく必要があり、文章構成が要となります。上手いコラムの書き方には、日本の舞楽などの脚本構成で用いられる「序破急(じょはきゅう)」があり、起承転結の4段構成に比べ分かりやすい場面展開が、限られたスペースで書き手の考察を伝える際に効果的な文章構成であるといえるのでしょう。これは、スピーチや会議等においてもとても有効な会話術といえ、分かりやすい状況説明は日頃ご家族様への説明時などでも心掛けたいことです。ご家族様の聞きたい事、施設側の伝えたい事が、入居者様にとって大切なことであればある程、専門的な事は分かりやすく簡潔に伝え、その上でどういった事を望まれるのかをしっかり傾聴できる存在でありたいです。そして、今後どのような生活を送っていただけるのか、一緒にこれからについての考えを深め歩んでいくことで、最期の時までの尊い時間の余白に彩を添え、その方らしい充実した日々を送っていただけるよう支援ができればと、このコラム執筆の機会を通じ改めて感じることができました。